教文研事業

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2018年度 教文研事業
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親子映画 「おかあさんの木」


2016年度 親子映画 「おかあさんの木」感 想

2016年8月6日(土)

○とても良い映画で感動した。戦争は二度と繰り返してはいけないと思った。(中学3年女子)

○一本一本、木を植えながら子どもの帰りを待つお母さんの気持ちを思うと、胸が張り裂けそうでした。何のために子どもを産み、育てるのか、…切ない時代です。二度と繰り返してはいけない戦争、この時代を生きた方のおかげで今があるということを忘れず、日々丁寧に生きなければいけないと思います。今日はありがとうございました。(大人女性)

○私にも息子が二人います。もし息子たちが戦争に行かされたらという思いで観ました。あのお母さんは7人も子どもを産んで、愛し、育て、しかし6人を失い、ひどすぎると思いました。戦争はあってはならない。子どもたちは大人が守ります。今日はこのような素晴らしい機会をありがとうございました。来年も期待です。お願いします。(大人女性)

○戦争で何万人も命をおとしたと聞き、戦争は怖いなと思いました。最後は五郎が生きていたので良かったです。(小学5年女子)

○なかなか子どもと戦争の映画を見る機会がないので、こういう機会があり、とても良かったです。戦争の辛さ、悲しさをこういった映画で伝え続けられると良いなと思いました。今回の「おかあさんの木」、同じ息子を持つ者として胸が苦しかったです。今、息子と普通に過ごせている日々がとても幸せに思いました。ありがとうございました。(大人女性)

○逗子から来ました。アメリカから1年半日本に滞在する予定で帰国しています。日本の目線で市民の目線でのお話はアメリカではまず見られませんので、大変貴重なお時間をいただき感謝しています。(大人女性)

○五ろういがいのみんながしんじゃってかなしいけど、、五ろうは生きていて、そのあとおかあさんがしんでかなしいです。(小学2年男子)

○かわいそうだった。でもおもしろかった。(小学2年男子)

○小学3年生の娘と観させていただきました。心に残るお話でしたが、小学生には少し難しいと思いました。戦争の怖さを伝えられる題材をお願いします。(大人女性)

○すごくかなしいお話ですこしこわかったです。なぜ、「おかあさんの木」という名前(題名)なのか、よくわかりました。(小学3年女子)

○悲しいお話だったけど、少し感動した部分もあった。(小学4年男子)

○自分の子どもをお国のためとはいえ、奪われてしまうつらさ、悲しさは耐えられません。逆らうことができなかった時代、本当につらかったと思います。最後待ちに待った子どもに会えず命が尽きてしまったミツさんは本当にかわいそうでした。でも、五郎のぬくもりは感じられたと思います。(大人女性)

○さいごに五郎がかえってきたのが、感どうした。(小学4年男子)

○戦争は二度としてはいけないと思う。(大人女性)

○せんそうについてわかりました。(小学2年女子)

○これは親子で観たいと思っていた映画でした。子どもと観に来れてよかったです。お国の為と言い、「男子の誕生」と喜んでいたところでも、たくさんの子、たくさんの家でもすべて国に子どもを取られ…悲しすぎます。「赤札」とても悲しいです。(大人女性)

○戦争でたくさんの人が悲しむことが分かった。(小学5年女子)

○子どもと少しずつ戦争について学べる良い機会だと思い、参加しました。とても悲しい思いをしたと思います。良い映画を観せていただき、ありがとうございました。(大人女性)

○悲しい話だったけど、すごく感動しました。戦争はしちゃだめだと思いました。(中学2年女子)

○さみしいえいがだったから、すこしなきそうになった。(小学2年女子)

○悲しいお話でした。(小学6年男子)

○少し長くて、少々だらけてしまったのですが、映画の持つイメージ、戦争に一般市民がつらい思いをすることは感じられたと実感します。(大人女性)

○戦争の恐ろしさや命の大切さがよくわかった。お母さんが、最後、帰ってきた五郎に会えなかったのが悲しかったです。(小学6年男子)

○戦争について、子どもと一緒に深く考えていかなければならないと感じました。(大人男性)

○とても悲しく、きょうだいが五郎いがい死んだ。それが悲しい。とてもよかった。(小学4年女子)

○すごく感動的なお話で泣いてしまいました。今日のは去年のより面白かったです。(小学4年女子)

○子どもがみんな死んでしまってかわいそうでした。(小学4年男子)

○戦争のために子どもを奪われて、とても悲しい思いをしていてかわいそうでした。(大人女性)

○78歳の私には、ただすすり泣き。中学生にはわかるでしょうか?高校生、大学生にたくさん観てもらいたいです。絶対戦争はいけないです。世界平和を祈ります。(大人女性)

○とても悲しい映画でしたが、素晴らしい作品です。葉山小から来てよかったと思います(大人女性)

○わたしはさゆりさんが「おかあさんの木」って言ったところがよかったです。でも、子どもがおかあさんをたすけるところもよかったです。さいごに五郎が帰って来た時、会えなくてざんねんだと思いました。とてもいい映画でした。ありがとうございました。わすれられない思い出になりました。(小学3年女子)

○私は沖縄戦を体験している祖母から戦争の話はよく聞かされていたし、叔父2人は戦死しているので、ミツさんが五郎に行ってほしくなくてすがった気持ちは十分にわかります。昔のバカな日本人のせいで起きてしまったことは、今を生きている私たち日本人に与えられた試練なのだと思います。決して忘れてしまわないように、これからもこういう活動を応援できたらなと思いました。ありがとうございました。(大人女性)

○大切なる子どもたちを戦争に送り出さなければならない苦しい気持ち、無事に帰ってきてほしいという気持ちが痛いほどわかりました。戦争は二度と起こってほしくないと強く思います。(大人女性)

○今の子どもたちは国のために生きる、死ぬなど、考えられない時代に育ち、私自身も戦争というのを軽く受け止めていたので、今回の映画を観て、ちゃんと後ろに世代に話せるくらいの知識は持っておこうと思いました。また、来年も楽しみにしています。(大人女性)

この映画はせんそうの話で、すごく感動しました。せんそうのおそろしさを知りました。ぼくがおとなになってもおぼえていようと思いました。「おかあさんの木」では、せんそうに行く人たちがたくさんいて、たくさんの人が亡くなりました。せんそうはこわいなと思いました。(小学5年男子)

○とてもかなしくて、はじめて映画を見て泣きました。(小学5年男子)

○わたしはさいごの五郎がおかさんのもとへもどってきたのがすごいと思いました。(小学5年女子)

○おとうさんがまず死んじゃって、ミツさんがカボチャみたいのを運んでいて、次郎がみんなをよんで運んでもらっていた。そして戦争が始まってみんな戦争に行って次郎と五郎はのこったけど、次郎も死んでしまった。五郎はゆくえ不明になってしまった。でも、五郎は帰ってきたけど、ミツさんが死んでしまった。(小学5年男子)

○えいがをみたら、こどもたちがぜんぜんかえってこないから、かわいそうでした。でもごろうがかえってきたけど、かわいそうでした。(小学2年女子)

第29回 平和作品展 市民教養講座(講演会)「頑張れ!!小さき生命たちよ!」 これらの事業は、公益財団法人・横須賀三浦教育会館が共催、横須賀・三浦・逗子・葉山の各教育委員会に後援をいただいています。 
























































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2016年度 市民教養講座

講演 「頑張れ!小さき生命(いのち)たちよ!
〜新生児医療の現場から、問われる共生社会のあり方」報告

  
講師 豊島勝昭氏 (神奈川県こども医療センター新生児科部長)

 毎年、11月の第1土曜日に開催している市民教養講座ですが、昨年の「福島の今〜3.11.からの軌跡」(矢納直彦氏)同様、100人を超える参加をいただいて、今年度も開催することができました。
 講師の豊島医師(せんせい)は長く新生児医療に携わり、重い障害や病気を持つ子どもたちとそのご家族に寄り添ってこられました。講演は神奈川県こども医療センターのNICU(新生児集中治療室)でかかわった小さな生命たちとの日々を中心にお話しいただきました。  「どんな子も、これから生まれるその家族を選び、その家族に会いたくて、その家族と幸せな日々を過ごそうとして生まれてくる。どんな子も一生懸命に生きようとし、その生を全うしようと生き抜いている。その姿はどんな子も力強く愛らしい。」強い愛情に裏打ちされた温かな語り口で、NICUで懸命な治療を受け、その生を終えて天に還ったり、元気になって、あるいは重い障害を持ちながらも懸命に生き延び、家に帰ったり、それぞれ違いはあっても、その子どもを受け入れ、共に生きようとし、あるいは今でも、日々、その子に寄り添って生きるご家族の話が、スライド写真と共に紹介されると、参加者は涙を流して聴き入っていました。
 豊島医師は、TVドラマ「コウノドリ」の制作に医療監修としてかかわられました。「あのドラマはフィクションではなく、毎日僕らが経験している現実です」と言われました。NICUで子どもたちに起こる様々な奇跡は、医療だけではなく、実はご家族の思いが起こしていることなのではないかと感じ、そうして生き抜いている子どもたちの人生が少しでもより良いものとなるようにするために、様々な活動をされています。
 今後は、「医教連携」で、重い障害や病気をもって生きている子どもたちの就園や就学をどのようにしていけば、子どもや家族、そして受け入れる幼稚園や学校に一番いい形になるか、医療の立場でできることを考えて研究をしているところだそうで、「合理的な配慮」をしながら、様々な支援を必要とする子どもたちと、共に学び、共に生きるインクルーシブな学校をめざす神奈川県の教育政策にも通じ、深く考えさせられる内容でした。

 以下に、参加者の感想を載せます。(抜粋)
○医療だけではない部分が大きいと思います。NICUのこれからの発展を期待しております。重心施設も同様に医療の部分だけでなく全体像を支援していく環境になっていくといいなあと感じました。(60代女性)
○小さな命と向き合い、懸命に頑張っている親御さんがこの世にたくさんいらっしゃることに驚いたとともに、力をいただいたように思います。命とどう向き合っていくか、どのような選択であっても、その子のために必死に悩んで、悩んで決断したのなら、それはその子にとっても幸せなことだと思いました。(40代)
○NICUがお子さんの生命を救うだけでなく、退院後の成長過程まで見守りを支援していこうという場になっていることを知り、うれしく思いました。学校はインクルーシブ教育システムの構築がようやく始まったところですが、支援の必要な子どもたちの出生からの様子を教師が知ることもより良い支援を考える時に必要な情報なのかなと思いました。(60代女性)
○「障害」とは社会の中での〈生きづらさ〉。どうしても、人との違いを見てしまう。「障害」を教えるとなるとすごく難しい。考えると考えただけ言葉にできなくなってしまうが、ちゃんと教えたい。ひとりひとりが奇跡を起こして生まれた子なので、幸せに生きてほしい。なかなか他者を受け入れられない子もいる中で、人のアンバランスさを理解し合うのが難しい。でも同じ仲間として自然に接することができるようにしていきたいと思う。(30代女性)
○県外からの参加です。私は現在大学の看護学部に通っています。将来は養護教諭として活躍できるよう、日々、勉強しています。NICUの現状と、スタッフの方々の思い、そしてご家族の気持ち…など、医学、看護学の教科書だけでは決して学ぶことのできないことを学ばせていただきました。とても分かりやすい内容で、自分は医療従事者として何ができるのか考え、そして子どもたちが生きやすい社会を作るサポートができる人になりたいと強く思いました。また地元に帰ってたくさん勉強します。(10代女性)
○NICUには、上の子も3番目の子もお世話になっています。7年間でとても過ごしやすい部屋になっていてびっくりしたのですが、さらなる進化、母子共に過ごせる部屋と聞き、ありがたいな、楽しみだなと思った。少しでも力になれたらと思う。(30代女性)
○「当たり前とは何か」をとても考えさせられる講演でした。教職員だけでなく、保護者や児童生徒、たくさんの人に伝える場があればと思いました。(20代男性)
○現在、ダウン症のお子さんを教育現場で見させていただいて2年半になります。教員になり、ほとんどかかわる機会がなかったので、戸惑いました。保護者と話し合いを重ね、色々な指導をしてきたつもりですが、今でも不安があります。でも毎日がとても楽しいです。今年の運動会には全校リレーにも参加できました。保護者と学校が一緒に話し合ってきた結果だと思います。講演の中で「ビリじゃなくてもビリでもうれしい」というお話がありましたが、本当にその通りだと思いました。温かい気持ちになりました。(20代女性)
○新生児医療の様々な実例を見せていただき、自分のことだったらどうだろうと考えながら、見ていました。自分の子どもに対して、できることを真剣に考える、向き合う、保護者に見習うべき姿だと感じました。今日から自分の子どもも、そのほかの子どもも、もっと愛おしく見れます。(30代男性)
○院内学級の担任をしています。小児科病棟で毎日授業をしています。すぐ隣がNICUで、小さな生命がその中で頑張っていることを改めて考えました。入院して点滴したり、手術をしたり…痛みや寂しさを抱えていても、子どもは勉強したいといいます。病気があってもなくても、子どもの成長を全力で支える社会を作りたいと思います。どんな形であっても私は全力で行動します。その決意を固めることのできた2時間でした。(40代女性)
○今回の講座に参加するまでは、NICUという言葉はよくわからなかったが、実態を知ることができ、良い機会となった。未熟児は小さな命であるが、その命には可能性がたくさんあって、日々、懸命に生きているのだなと感じた。またNICUに入るお子さんは30人に一人という話があって、小学校でいえば、1クラスに1人だと思い、何も特別なことではないなと感じた。学校における生きづらさを感じなく暮らせるようにサポートしていく必要があると思った。こんなに質問が絶えない講演会は初めて。とても良い講演会でした。(20代男性)
○病院設計の仕事をしています。より良い医療の場を作るため日々設計していますが、「NICUは成長を見守る場所」と聞いて観点が変わりました。(30代女性)

三浦半島地区教育文化研究所だよりから

多様性が認められる社会に

 「いやだなと思っている人でも、話してみれば自分の知らない良さを持っているかもしれない。」「道徳の授業は楽しい。いろいろな人の意見が聞けるから。」
 この3月まで、香港日本人学校中学部で3年間勤務していました。これらはそこで生徒たちから聞いた言葉です。
 全国各地から生徒がやってくる日本人学校。中1で入学した生徒全員がそのまま卒業を迎えることはまずありません。去る生徒、新たに来る生徒。多くの出会いと別れを経験し『一期一会』という言葉の重みを10代でいやというほど知っています。人との出会いの大切さ、そこから多くのことを学びがあることを実感しているからだろうか、異なる価値観を受け入れる器が大きいと感じました。
 様々な文化が混じりあう香港で生活しているのも一因かもしれません。
 「人をみかけで判断してはいけない。」「自分と違う考えを持っている人と関わることで自分も成長できる。」「宗教が違ってもみんな同じで関わり合うと楽しいからみんなも外国人と関わるといい。」
 小学部で、『多様性』についてのプレゼンテーションで聞いた言葉です。「小学校4年生の口からこんな言葉を聞くとは!」と驚きました。さらに驚いたのは、担任の先生が、「イスラム教の人と話して、仲良くなってみたらいいよね。」と自然に言葉を発していたことです。
 国際都市香港で暮らしている子どもたちは日常生活の中で、自然と『多様性』を受け入れています。外に出れば自分の文化や価値観とは異なる人をたくさん見かけるし、それが何ら特別なことではないのです。
 様々な文化、価値観、考え方を尊重するというのは、言うほどたやすいものではないが、日本も『多様性』が認められる社会になるように、まずは教室から、学校から『多様性』が受け入れられる空間にしていきたい。

                      葉山中学校 内藤久美子
(2016/12/ 9)HP掲載

子どもから学んだこと









 ここに一枚のハガキがある。それは今年の夏、クラスの子どもからもらったもの だ。そこには、こう書かれていた。
 「二学期は発言をもう少しがんばります。」  そんな他愛もない言葉ではあるが、ハガキをもらった時、僕はすごく嬉しかった。  一学期の終業式の日、
「これからはもっと自信を持って、発表しようね。」
 僕はその子にこう言った。僕から見ると、学習に対する意欲、理解力は申し分な いのだが、はずかしさのあまり自分の考えを発表することは苦手としているようだっ た。分かっていることであっても、なかなか手が挙がらなかった。そんな様子に対 して、僕は期待を込めて前述の言葉をかけたのだった。まさかその返事をハガキに 書いてくれるとは思ってもいなかった。喜びと同時に二学期への期待がわいてきた。 二学期になると、少しずつだが発言する機会が増えていった。
 僕はそのような経験を通して、教師の言葉の重みを感じた。子どもとしっかりと  向き合って伝えた思いは必ず子どもに伝わる。たとえすぐに結果が出なくても、  どこかで、感じてくれることだろう。逆に言えば、もしいい加減な言葉かけをし ていたら、それは子どももいい加減な気持ちでしか受け止めないのではないだろう か。だからこそ、子どもに話す一言一言に責任を持たなければならないと、痛切に 感じたできごとだった。
 もう一つ、僕にそう思わせたエピソードがある。
 ある日、保護者から
「先生はいつも楽しそうですね。子どもたちにとっても絶対楽しいと思う。」
と言われたことがあった。僕にとって、大変嬉しい言葉だった。しかし、これもま た逆に考えれば、教師が疲れていたら、それさえ子どもに伝わってしまうとも考え られる。つまり担任に余裕がなければ、クラスにも余裕はなくなる。担任に笑顔が なければ、クラスにも笑顔はなくなる。でも、担任が本気で一人一人のことを思っ て言葉を発すれば、遅かれ早かれ必ず子どもは受け止めてくれるだろう。だからこ そ、これからもとにかく全力で熱く子どもたちに向かい合っていきたい。そして、 一言一言に思いを託し、丁寧に子どもに伝えていきたい。
    (葉山町、小学校教員)       2010/ 6/27掲載

*「子どもから学んだこと」は、三浦半島地区教育文化研究所2月15日付けの広報
(風知草)に掲載された文です。





『親と子の教育相談室』 気楽にご利用ください
グチのお相手いたします/一緒に考えましょう

 
 教育会館公益事業である『親と子の教育相談室』に寄せられる相談の内容は、例年同様「いじめ」「不登校」が少ない一方、「子育て」「学校の対応」の二つで半分を占めています。相談者の中心は、相変わらず周囲に相談相手がなく夫や近親の協力・支援が得られずに、一人で悩み苦しんでいる若い母親です。事情から孫を引き取っている、高齢者からの相談も目立ちます。
 保護者にとって、相談しにくい又どこに相談したらよいのかわからないといった内容が多いのが、当相談室の特徴といえるでしょう。電話相談が主ですが、最近では来室も増加しています。
 子どもが学校から持ち帰る『教育相談室』の案内チラシを見て電話をかけてくる方が多いですが、会館ホームページで知った方もいると思われます。時に患者が医師にかかるのに勇気を要するように、相談者も子どもに関する悩みに加えて、相談するか否かを悩んだ末の電話・来室でしょう。
 相談員は、そんな相談者の思いをしっかりと受けとめて、暗く重い声で始まる長時間、そして時に複雑で多岐にわたる話に、じっと耳を傾けます。その悩みや苦しみ・怒りに共感すると共に、同時に話の内容を冷静かつ客観的に把握し分析する、難しい対応が求められます。
 ここで大切にしていることは、先ずは相談者の話をじっくりと「聴く」こと、そしてすぐに相談員が解決方法を示すのではなく(実際には解決方法がすぐに見い出せない事例が多い)、一緒に考えましょうという姿勢です。教員経験や人生経験からのアドバイスや第三者としての見方や考え方等を示して、可能な限り相談者自らが解決の方向性を少しでも探れるようにしています。相談者に冷静さや正確な理解を求めることや、1時間以上に及ぶような相談では、際限が無い程の多くの語りの中から、相談したい内容を具体化させることがポイントとなります。ケースによっては公的な相談機関を紹介しています。
 長時間の相談の最後に、「聞いてもらえて少し気持ちが楽になりました」「子どもをもう少し見守りたいと思います」「親としてもう少し頑張ります」「また相談に乗って下さい」・・・・・と、明るさを少し取り戻したような声で電話が終わると、相談員の気持ちも楽になります。
 「グチのお相手いたします」「一緒に考えましょう」との当『教育相談室』の姿勢が、悩める保護者特に若い母親を支援する上での基本点であるということを、改めて確信しています。身近で気楽な話し相手・相談相手としての役割を引き続き果たしてゆくことが、ますます重要だと感じています。
 この【事務局雑感】をご覧の皆様、周囲に子育て等で悩んでいる方がいましたら、ぜひ教育会館『親と子の教育相談室』の利用をおすすめ下さい。
 <当ホームページ中の「教文研事業(教育相談他)」をご覧ください>


2012/ 2/24



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